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宇都宮地方裁判所 平成10年(ワ)326号 判決 1999年3月04日

原告 甲野太郎(仮名)

被告 国

代理人 小原一人 川上忠良 田村利郎 山本廣美 田村一美 ほか三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する平成一〇年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、接見等を禁止された刑事被告人である原告が、宇都宮拘置支所長に対し、(1)裁判所によって受信を許可されなかった信書二通を弁護人宛ての信書に同封して発信することを願い出たが不許可とされたこと、(2)裁判所によって受信を許可されなかった信書二通を弁護人ではない弁護士宛ての信書に同封して発信することを願い出たが不許可とされたことが、いずれも違法であると主張して、国家賠償法に基づく損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(弁論の全趣旨により認められる事実を含む。)

1  原告は、恐喝及び銃砲刀剣類所持等取締法違反事件の刑事被告人として、宇都宮拘置支所(以下「本件拘置支所」という。)に入所中の者である。

原告は、本件拘置支所に入所以来、現在に至るまで、刑事訴訟法三九条に規定する者以外の者との接見及び文書(新聞・雑誌・書籍を除く)の授受を禁止(以下「接見等禁止」という。)されている。

2(一)  原告は、平成一〇年三月二三日、本件拘置支所に対し、弁護人宛ての信書の発信を願い出るとともに、同信書に知人Aからの同年二月二三日付け信書〔原告が宇都宮地方裁判所(以下「裁判所」という。)に対して受信許可願いを出したが、裁判所が同年三月四日付けで職権を発動しないこととしたもの。〕及び知人Bからの同月一二日付け信書(原告が裁判所に対して受信許可願いを出したが、裁判所が同月二〇日付けで職権を発動しないこととしたもの。)を同封して発信することを願い出た(以下「本件同封願い(1)」という。)。

本件拘置支所長は、右同封願いを不許可として、原告にその旨を告知し、弁護人宛ての信書のみを同月二三日に発信した。

(二)  原告は、平成一〇年三月二四日、裁判所に対し、本件同封願い(1)と同趣旨の願い出をしたが、裁判所は、同月三一日、原告に対し、弁護人に対しては接見等禁止の制限をしていないから、弁護人宛ての信書については判断しない旨を通知した。

原告は、同日午後七時二〇分ころ、本件拘置支所職員から右通知の交付を受けた際、同職員に対し、再度本件同封願い(1)を申し出たが、これを退けられた。

(三)  原告は、平成一〇年四月一日、弁護人宛ての信書の発信及び本件同封願い(1)を申し出たが、本件拘置支所長は、弁護人宛ての信書の発信についてのみ許可し、右同封願いを不許可とし、原告にその旨を告知した(以下、本件同封願い(1)を不許可とした処分を総称して「本件不許可処分(1)」という。)。

3(一)  原告は、平成一〇年八月一三日、裁判所に対し、原告の弁護人ではない梅澤錦治弁護士(以下「梅澤弁護士」という。)宛ての信書に加えて、妻からの同年七月二五日付け及び同月二七日付けの信書二通(原告が裁判所に対して受信許可願いを出したが、裁判所が同年八月四日付けで職権を発動しないこととしたもの。)を同封して発信することを願い出た(以下「本件同封願い(2)」という。)。

(二)  裁判所は、平成一〇年八月二一日、原告に対し、右願いを許可する旨の発信許可決定をし、原告は、同日、発信許可決定書の交付を受けた。

(三)  本件拘置支所長は、平成一〇年八月二四日、原告に対し、前項の発信許可決定の取扱について、本件拘置支所職員を通じて次のとおり告知した。

(1) 梅澤弁護士宛ての信書の発信は認める。

(2) 同封を願い出た信書二通については、受信許可になっていないので、同封を認めない(以下、本件同封願い(2)を不許可とした処分を、「本件不許可処分(2)」といい、本件不許可処分(1)及び同(2)を併せて「本件各不許可処分」という。)。

二  争点

1  本件不許可処分(1)の適法性

2  本件不許可処分(2)の適法性

3  本件各不許可処分によって原告が被った損害

三  原告の主張

1  争点1について

本件拘置支所長は、本件同封願い(1)を不許可としたことで、原告と弁護人との間の物の授受を妨害し、原告の接見交通権を侵害した。

すなわち、原告は、原告に宛てられた信書で、裁判所により職権が発動されなかったものについて、閲読することはできないが、その所有権を有しているのであり、右信書を接見等禁止の制限を受けない弁護人に同封して送付することは、何ら制約を受けないはずである。

したがって、本件拘置支所長において、原告が右信書を弁護人に送付することを認めないのは、明らかに裁量権の逸脱である。

しかも、本件同封願い(1)に係る信書のうち一通は、刑事事件の被害者からの信書であり、この内容を弁護人が知ることは、被告人の防御権に資するものであり、これを不許可とすることは、原告の裁判を受ける権利をも侵害するものである。

一方、本件同封願い(1)に係る信書の保管を解除して、弁護人へ送付することによって、放置できない程度の不都合が生じる蓋然生は認められない。

したがって、本件同封願い(1)を不許可とした本件拘置支所長の本件不許可処分(1)は、違法である。

2  争点2について

原告は、本件同封願い(2)について、裁判所から発信許可決定を受けたにもかかわらず、本件拘置支所長から同封を不許可とされたために、同封発信の目的を遂げられず、接見交通権を妨害された。

すなわち、裁判所が発信を許可した文書については、原告に右文書を発信する権利が発生するところ、本件の場合、裁判所は、封書を同封の上で発信の許否を審査し、許可したものであるから、これによって、原告は、同封発信の権利を有することになる。それにもかかわらず、本件拘置支所長において同封発信を不許可とする理由はなく、同人が本件同封願い(2)を不許可とした本件不許可処分(2)は違法である。

3  争点3について

原告は、本件拘置支所長の本件各不許可処分により、甚大な精神的苦痛を受けた。

よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償として、三〇万円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める(原告は、前記一2(二)の本件拘置支所職員が本件同封願い(1)を退けた平成一〇年三月三一日の翌日を遅延損害金の始期として請求している。)。

四  被告の主張

1  争点1及び争点2について

(一) 被告人が、刑事訴訟法八一条により、接見等禁止の決定がされている場合に、裁判所の職権が発動されなかった信書については、行刑施設の長によっても、当然に発受を許されない。

そして、発受を不許可とした信書に関しては、受刑者及び監置に処せられた者に係る信書について、監獄法施行規則一三八条は、「保管シ置キ廃棄ス可キモノヲ除ク外釈放ノ際之ヲ本人ニ交付ス可シ」と規定している。また、未決拘禁者に係る信書について、昭和五年一一月司法省行甲第一六五七号行刑局長通牒は、不許可信書についてはなるべく本人の承諾を得て廃棄し、廃棄しない信書については保存し、保管を解除すべき適当な時期に被収容者に交付することとしている。

行刑施設の長が、接見等禁止決定があることを理由として受信を不許可とした信書は、行刑施設の長が保管等する物であって、充用や売却できることが定められた「領置物」(監獄法五二条、同施行規則一四一条)とは異なり、名宛人たる被告人が当然に処分等を出願し得る性質のものではない。

ところが、本件同封願い(1)及び同(2)は、原告が本件拘置支所長に対して、同人の保管する物を原告の指定する者に転送することを要求していることに他ならない。

しかし、原告が右のような転送を本件拘置支所長に対して要求することができるという法的根拠は存しないし、本件拘置支所長において、右のような転送要求に応じる法的義務も存しない。

(二) 本件拘置支所長は、当初、不許可信書を弁護人へ送付することを許していたが、原告が、弁護人宛ての信書に同封しようとした妻宛の信書の中に、証人として出廷予定の同人に対して証言内容を指示する趣旨の記載が含まれ、差し押さえを受ける事態が発生し、これを契機に、前項記載の監獄法施行規則等に定められたとおり、接見等禁止決定が存することを理由に不許可とした信書は、同決定が解除されたときに原告に交付することに取扱いを改めた。

(三) そもそも、弁護人との接見交通権は、刑事裁判において当事者の立場にある被告人の防御権行使を実質的に保障するため、被告人と弁護人の意思疎通の機会を確保することを目的とする。

ところが、不許可信書を弁護人に送付することは、被告人の意思を弁護人に伝えることとは異なるのであって、これを認めないとしても、被告人と弁護人の意思疎通が妨げられることはない。

したがって、本件同封願い(1)を不許可とした本件拘置支所長の本件不許可処分(1)は、接見交通権を侵害するものではなく、適法な処分である。

(四) 本件同封願い(2)に係る信書について、裁判所がした平成一〇年八月二〇日付け発信許可決定は、同封発信の許可まで含むものではない。

すなわち、刑事訴訟法八〇条は、勾留されている被告人が弁護人以外の者との間で、法令の範囲内での「書類若しくは物の授受」をできることとしているところ、「法令」すなわち監獄法及び監獄法施行規則等においては、被告人が外部の者と物の授受を行う方法として、<1>自己の領置金を使用して購入する自弁(監獄法三三条、三五条)、<2>在監者の請求により領置物を送付する宅下げ(同法五二条)、<3>外部の第三者から在監者へ物を差し入れる差入れ(同法五三条)の三種類が定められるのみである。よって、刑事訴訟法八〇条の授受の方法も右の三種類であり、同法八一条で禁じることができる「授受」の方法も同様と解される。

したがって、行刑施設の長が管理する物を転送することに他ならない本件同封願い(2)は、前記授受の態様のいずれにも当たらないから、刑事訴訟法八一条の「授受」の制限の解除である裁判所の発信許可決定においては、その判断の対象となっていない。

また、接見等禁止決定に基づいて行刑施設の長が保管している物については、未だ被勾留者の占有下にないのであるから、授受という用語の一般的意味内容からも転送は授受に当たらず、授受の解除である発信許可決定において、その判断対象にはなり得ない。

よって、裁判所の発信許可決定は、本件不許可処分(2)の適否に影響を及ぼすものではない。

(五) 以上によれば、本件拘置支所長がした本件各不許可処分には、いずれも違法な点は存しない。

2  争点3について

本件各不許可処分が原告の接見交通権を侵害するものではない以上、右各処分によって、原告には何らの損害も生じていない。

第三当裁判所の判断

一  本件各不許可処分に至る事実経過については、第二の一に記載したとおりである。

二  争点1について

1  刑事訴訟法三九条一項の定める弁護人との接見交通権は、身体を拘束された被疑者・被告人が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上極めて重要な基本的権利に属するものである。したがって、弁護人との接見交通権については、最大限に尊重されることが必要であり、同条二項の定める法令(具体的には、監獄法、監獄法施行規則となる。)による接見又は授受の制限のために取られる措置は、必要最小限でなければならない。

そこで、原告が本件拘置支所長に対して求めた本件同封願い(1)について、裁判所の接見等禁止決定に基づいて行刑施設の長が保管する信書を弁護人へ送付することが被告人の接見交通権の内容といえるのかが問題であり、その前提として、被告人は右信書についていかなる権利を有するのかについて以下検討する。

2(一)  弁護人以外の第三者から、接見等禁止決定がされている被告人に宛てた信書で、裁判所が授受の禁止を解除する職権を発動しなかったものについては、行刑施設の長においても、被告人に受信させることは許されず、被告人の受信願いは不許可とされる。

(二)  不許可信書の取扱について、監獄法は、四七条二項において、受刑者及び監置に処せられた者に係る信書で、「発受ヲ許ササル信書ハ二年ヲ経過シタル後之ヲ廃棄スルコトヲ得」と定め、監獄法施行規則一三八条は、右信書について、「保管シ置キ廃棄ス可キモノヲ除ク外釈放ノ際之ヲ本人ニ交付ス可シ」と規定している。未決拘禁者に係る不許可信書の取扱いについては、法令に明文の規定はないものの、受刑者及び監置に処せられた者と別異に解する理由はないから、右規定に準じて考えるべきであり、昭和五年一一月司法省行甲第一六五七号行刑局長通牒(<証拠略>)においても、刑事被告人に係る不許可信書について、なるべく本人の承諾を得て遅滞なく廃棄し、廃棄しない信書については保存し、保管を解除すべき適当な時期に被収容者に交付することとしている。

一方、不許可信書については、「領置物」のように、在監者の申し出により、充用(監獄法五二条)や売却(同施行規則一四一条)ができるという定めは存しない。

これは、受刑者等が発受する信書は、通常、その内容にのみ、情報としての価値が存するのであって、その発受が許されない場合には、信書自体の財産的価値を考慮する必要がないから、処分としては廃棄のみを規定し(監獄法四七条二項)、「領置物」の場合のような充用や売却といった処分を規定しなかったものと解することができる。

(三)  本件同封願い(1)は、実質的には、原告が希望する者への送付を求めているのであり、これは、本件拘置支所長が保管する不許可信書の処分に他ならない。

そこで、被告人が不許可信書を自己の欲するところに従って処分する権利を有するか否かについて検討する。

そもそも、接見等禁止が解除されずに、受信が許されなかった信書は、裁判所が、その内容を審査した結果、右信書を被告人が受信することにより、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると判断し、職権発動しなかったものであるから、その効果として、単に内容を覚知することが許されないというにとどまらず、受信を許されない信書を自己の意のままに送付するなどして自己の利用に供することも不適当というべきである。

そうであれば、被告人は、接見等禁止の解除や、釈放といった不許可信書の交付を受けても差し支えない時に至って漸く、不許可信書に対する十全の権利を取得するというべきであって、それまでの間は、不許可信書に対する処分権を有しないと解するのが相当である。

3  したがって、被告人が不許可信書に対する処分権を有していない時点において、行刑施設の長に不許可信書の同封(実質的には送付)を求めるのは、あくまで、行刑施設の長に対して任意の職権発動を求めているに過ぎず、行刑施設の長がこれに応じるか否かは、自由裁量に属する事柄というべきである。

4  そして、弁護人との接見交通権として認められた物の授受は、被告人に処分権のある物についての授受であることが当然の前提であって、処分権も有せず、専ら行刑施設の長の自由裁量によって授受を許す性質の物については、これを許さなかったからといって、接見交通権を侵害したことにならないのは自明の理である。

5  また、原告は、本件同封願い(1)のうち一通は、刑事事件の被害者からの信書であり、この内容を弁護人が知ることは、被告人の防御権に資するものであり、これを認めなければ、被告人の裁判を受ける権利を侵害する旨主張する。

しかしながら、そもそも右信書は、裁判所によって、これを原告が受信することにより、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると判断され、職権発動されなかったものであるから、当然に原告が利用し得るものでないことは前述のとおりであり、仮に、被告人の刑事裁判において、有益な事実の記載があったとしても、必要とあらば、原告は、弁護人を通じて発信者の意思を確認することが可能であるから、右信書を弁護人へ転送することを許さなかったという一事をもって、原告の防御権や裁判を受ける権利を侵害したことにはなり得ない。

6  以上によれば、原告が未だ接見等禁止の継続中に、不許可信書の同封(送付)を願い出たのに対し、本件拘置支所長がこれを許可しなかったとしても、それ自体何ら違法とはいえず、本件拘置支所長の本件不許可処分(1)は適法である。

三  争点2について

1  前記二で述べたとおり、接見等禁止の継続中の被告人にあっては、受信を不許可とされた信書に対して、未だ処分権を有しない。

したがって、原告の本件同封願い(2)についても、同(1)と同様、接見等禁止の継続中に、不許可信書の同封(送付)を求めている以上、これを本件拘置支所長が許可するか否かは、専ら同支所長の自由裁量に委ねられていることになる。

2  原告は、本件同封願い(2)については、裁判所の平成一〇年八月二〇日付け発信許可決定が存するから、右決定によって、原告には同封発信の権利が生ずると主張するので、以下検討する。

(一) 裁判所の発信許可決定は、接見等禁止の決定をされている被告人が信書の発信を願い出た場合に、右発信によって、被告人が逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるか否かを判断し、制限の理由ないし必要がないと判断した場合に、職権を発動して発信を許可するものである。

したがって、裁判所としては、本件同封願い(2)について、梅澤弁護士宛ての信書と、同封を願い出た不許可信書の双方について、それを発信することで被告人が逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるか否かについて判断したうえで、これらについて制限の理由ないし必要がないとの判断を示したのであり、裁判所の判断は右の点に尽きるものである。

(二) 一方、前記1で述べたとおり、原告は、受信を不許可とされた信書に対して処分権を持たず、右信書の同封(送付)の許否を決するのは、不許可信書を保管する行刑施設の長の専権である。

したがって、裁判所の発信許可決定は、あくまで、行刑施設の長が同封(送付)を許可した場合に、接見等禁止を一部解除して、これを発信することを差し支えないと判断しているに過ぎず、もともと、原告に処分権のない信書を発信する権利を付与したものではあり得ない。

(三) よって、裁判所の発信許可決定は、行刑施設の長の判断を羈束するものでないことが明らかであり、裁判所の発信許可決定の有無にかかわらず、行刑施設の長は、自由に不許可信書の同封(送付)の可否を決定し得ることになる。

3  したがって、本件拘置支所長が、原告の本件同封願い(2)を不許可とした処分は、裁判所の発信許可決定となんら矛盾抵触するものではなく、右決定の存在をもって、本件不許可処分(2)が違法になることはない。

そして、専ら本件拘置支所長の自由裁量によって授受を許す性質の物については、これを許さなかったからといって、接見交通権を侵害したことにならないのは前述のとおりである。

よって、本件拘置支所長の本件不許可処分(2)も適法である。

四  結論

以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 増山宏 林正宏 男澤聡子)

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